8月に流行したインフルエンザ、ワクチンはいつ打つか?
9月も半分が過ぎました。
新学期が始まったと思ったら、もうすぐシルバーウィークですね。日本は大型連休が多くて羨ましいです。
さて今回はインフルエンザの話です。
9月の半ばだというのに、報道ではもうインフルエンザの流行のニュースが出てきています。私が医者になった頃は、インフルエンザは冬の病気であると言われていたものでした。それが今や夏に流行るようになってしまったのですから、恐ろしい事です。
感染症は季節ものと言う認識は崩れ去りつつあります。
そんな中、インフルエンザワクチンはいつ打てばいいの?と言う疑問の声も聞かれるようになりました。今日はそんなお話。
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夏に流行り出したインフルエンザ
東京都が「流行が始まった」と発表したのは8月27日、全国の流行入りは翌28日でした。感染症法に基づく調査が始まった1999年以降で2番目に早く、昨年より1か月以上早いスタートです。
新学期が始まった9月第1週には、早くも小学校で今シーズン初の学級閉鎖が報告され、厚生労働省は8月末、例年10月から始まる高齢者の定期接種を自治体の判断で前倒ししてよいと通知しました。
そして、私のもとには同じ質問が繰り返し届いています。
「もう打ったほうがいいですか」
「早く打つと冬の本番で効果が切れませんか」
「子どもは2回だから、1回目はいつにすれば」
「点鼻のワクチンと注射、どっちがいいですか」。
確かにどれももっともな問いです。インフルエンザワクチンの効果は、打った瞬間から少しずつ減っていくことが分かっています。ならば、流行が早い年に早く打つことは、本当に正解なのでしょうか。それとも、いつもどおり10月下旬まで待つべきなのでしょうか。
この記事では、まず今年の流行で何が起きているのか、そしてインフルエンザが子どもにとってどれほど重い病気なのかをデータで確かめます。次に、ワクチンが子どもにどれくらい効き、その効果がどんな速さで減っていくのかを、海外と日本の研究で押さえます。そのうえで、今年の「いつ・何回・どの種類」という具体的な答えを、年齢別に解説します。
第1章 今年の流行で何が起きているのか
8月の流行入りは異常なのか
インフルエンザの流行入りは、全国約5,000の定点医療機関からの1週間あたりの報告数が、1医療機関あたり1人を超えた時点で宣言されます。今年は8月中旬から下旬の週にこの基準を超えました。通常なら11月から12月に超える数字です。
東京都は、冬にあたる南半球からの旅行者の増加を一因として挙げています。世界的には、A型のH3N2、いわゆる香港型のうち「サブクレードK」と呼ばれる系統が主流になっており、昨シーズンの日本でも、この系統による早い立ち上がりで、ワクチンを打つ前に罹患した子どもが多くいました。
早い流行入りが意味することは二つあります。
第一に、今年は10月下旬に打てば12月の流行に間に合うという例年の計算が通用しないこと。第二に、流行の波がいつ来るのかが読めないことです。早く始まった流行が早く終わるのか、それとも秋の小さな波の後に冬の大きな波が来るのか、それは誰にも分かりません。この不確実性こそ、今年のいつ打つか問題の核心です。
なぜ夏に流行が始まるのか、と不思議に思う方も多いはずです。
インフルエンザウイルスは、気温や湿度だけで広がるわけではありません。人が密集し、換気の悪い室内で過ごし、周囲に感染者がいれば、真夏でも広がります。今年は猛暑で冷房の効いた室内に人が集まり、夏休みの旅行と帰省で人の移動が重なり、そこへ南半球の流行株が持ち込まれた、という説明が最も筋が通っています。
そして新学期です。夏休みのあいだ家庭ごとに分かれていた子どもたちが、9月1日にいっせいに教室へ戻りました。ウイルスにとって、これほど都合のよい日はありません。9月第1週に学級閉鎖が出たのは、偶然ではなく、構造的な必然でした。
ワクチンの側の動きも見ておきます。厚労省の見通しでは、9月上旬から医療機関への納品が始まり、9月中に今年度の供給見込みの約6割、約3,147万回分が出荷されます。ワクチンは、すでにあります。
学会の公式な推奨は「10月中に接種を始め、12月上旬までに完了」で、月そのものは例年どおりですが、「前シーズンの早期流行を踏まえて早めに」と添えられています。小児感染症の専門医からは「手に入り次第、9月から打つべきだ」という見解も出ており、9月中旬から注射の接種を始めた小児科が増えています。
公式の推奨月と現場の判断のあいだに、いま半月ほどのずれがあるわけです。推奨は平年の流行を前提に書かれたものであり、今年の前提は8月に崩れているからです。
子どもにとってインフルエンザは、どれくらい重い病気か
「インフルエンザなんて、数日寝ていれば治る」。
多くの大人にとってはそのとおりです。ただし、子どもは違います。日本の感染症サーベイランスに2010年から2015年の6年間に報告されたインフルエンザ脳症385例を分析した研究があります#11。患者の74%は18歳未満で、年齢の中央値は7歳。発生率は子どもで人口100万人あたり年2.83例と、成人の0.19例の15倍でした。
最も多かったのは5歳から12歳の学童で全体の38%、次いで2歳から4歳の21%です。脳症はまれではありますが、発症すると数時間で意識障害やけいれんに進み、後遺症や死亡につながる、小児科医が最も恐れる合併症です。
もう一つ、子どもは流行の起点でもあります。学校という密集空間で、子どもは大人の何倍もの速さでウイルスを受け取り、家庭に持ち帰ります。フランスの20年以上の監視データと学校休暇の時期を突き合わせた研究では、学校が休みになると子どもへの感染率が20%から29%下がり、季節性インフルエンザの流行全体の16%から18%(子どもでは18%から21%)が休暇によって防がれていると推定されました#12。
子どもを守ることは、家族と地域を守ることでもあるのです。
学級閉鎖は、何のためにあるのか
新学期早々の学級閉鎖に、そこまでするのかと感じた方もいるはずです。実は、学級閉鎖の効果はかなり詳しく調べられています。
2009年の新型インフルエンザ流行時、大分市の全校のデータを数理モデルで分析した研究では、学級・学校閉鎖によって流行のピーク時の患者数は約24%減った一方、流行全体を通した累積の患者数は約8%しか減りませんでした#13。
つまり、閉鎖はかかる子の総数を減らすより一度にかかる子の数を減らして、医療と学校が回るようにするための手段なのです。同じ研究は、閉鎖期間が4日以上でないと効果が出にくいことも示しています。
ここから見えるのは、学級閉鎖には限界があるということです。閉鎖で流行の山はならせても、わが子がかかるかどうかは大きくは変わりません。子ども個人を守る手段として残るのは、結局のところワクチンです。
では、そのワクチンは、どれくらい効くのでしょうか。
第2章 ワクチンはどれくらい効き、どれくらいの速さで切れるのか
効果の大きさとは?
まず、効果の大きさです。
健康な子どもを対象にした41の無作為化試験、20万人以上をまとめたコクランレビューによれば、不活化ワクチンは2歳から16歳のインフルエンザ発症を30%から11%に減らし(リスク比0.36)、経鼻の生ワクチン(日本ではフルミスト)は3歳から16歳の発症を18%から4%に減らしました(リスク比0.22)#5。1人の発症を防ぐために必要な接種人数は、注射で5人、経鼻で7人です。「打っても半分はかかる」という言い方もできますが、「打った子の3人に2人はかからずに済む」というのが同じデータの正しい読み方です。
ここで出てくる「有効性44%」のような数字の意味を、一度だけ説明しておきます。これは「打った子の44%が守られる」という意味ではなく、「打たなかった子に比べて、かかる確率が44%低い」という意味です。たとえば打たなかった子の10人に1人がかかる流行なら、打った子は100人に5.6人にとどまる、という関係です。
日本の研究の多くは検査陰性デザインという方法を使っています。発熱で受診して検査を受けた子のうち、陽性だった子と陰性だった子で接種歴を比べる方法で、受診のしやすさの違いによる偏りを小さくできるため、世界のワクチン評価の標準になっています。
日本の子どもでは、慶應大学を中心とする多施設研究グループが、2013年以降毎シーズン、有効性を測り続けています。7シーズン、2万9,400人の子どもを対象にした集計では、不活化ワクチンの有効性はA型に対して44%、B型に対して37%で、最も効いたのは1歳から2歳の60%でした#9。生後6か月から11か月の乳児ではB型への効果が確認できず、13歳以上でも効果は下がる傾向があります。
入院を防ぐ効果も測られており、3シーズンの解析で、A型による入院を52%から54%減らしていました#10。昨シーズン、つまりサブクレードKが主流だった2025/26シーズンの速報値では、不活化ワクチンのA型への有効性は43%、フルミストは81%でした#6。ただしフルミストの接種者はまだ少なく、信頼区間は15%から96%と広いため、「注射の2倍効く」と読むのは早計と言えます。
大事な副反応の話
効果の話をするなら、副反応の話も避けて通れません。
同じコクランレビューは、副反応のデータの報告がばらついていて統合しにくいと注記したうえで、次の点を確認しています。接種後の発熱は、生ワクチンで0.16%から15%、偽薬でも0.71%から22%と、研究によって幅が大きく、ワクチンだから特別に多いとは言えませんでした#5。中耳炎は、注射でも経鼻でも、接種した子としなかった子で差がありませんでした。重い副反応として知られる、2009年の新型インフルエンザ用の一部のワクチンで起きたナルコレプシー(突然眠り込む病気)は、そのときの特定の製品に限った話で、現在の季節性ワクチンでは報告されていません。
注射部位の腫れと痛み、翌日までの微熱とだるさ。これが、親が現実に経験する副反応のほぼすべてです。
効果は、どんな速さで減っていくのか
ここからが、この記事の本題です。
ワクチンの効果は一定ではなく、接種からの時間とともに減っていきます。米国の医療機関ネットワークで4シーズン分を解析した研究では、有効性は接種直後が最も高く、その後A型H3N2とB型で1か月あたり約7ポイント、A型H1N1で6から11ポイントずつ下がっていました#2。それでも、効果がゼロを下回ることはなく、H1N1とB型では少なくとも6か月、H3N2でも少なくとも5か月は効果が残っていました。
カリフォルニアの大規模な医療データでも同じ結果です。
接種から14日から41日の人と比べ、42日から69日の人がインフルエンザ陽性になる確率(オッズ)は1.32倍、以後28日ごとに約16%ずつ上がり、154日以上たった人では2.06倍でした#1。対照として調べたRSウイルスには、この時間依存の変化がありませんでした。
つまり、これは検査の偏りではなく、ワクチンの免疫そのものが減っている証拠です。14の研究をまとめたメタ解析では、接種後15日から90日と91日から180日を比べると、H3N2に対する有効性は33ポイント、B型は19ポイント下がり、H1N1の低下は8ポイントで有意ではありませんでした#3。今年の主役であるH3N2は、減りが最も速い型なのです。
親として知っておきたいのは、この減り方が年齢によって違うことです。
イタリアで5シーズン、6,490人を解析した研究では、接種後1週間ごとにインフルエンザ陽性のオッズが4.9%(H3N2では6.5%)上がっていましたが、この減衰が統計的に有意だったのは子どもと高齢者だけでした#4。
子どものワクチン効果は、大人より早く切れる。
この事実は、「子どもこそ早く打っておけばよい」という単純な話にはなりません。早く打てば、その分だけ早く切れるからです。
では、早く打つべきか待つべきか
ここまでの話をまとめてみましょう。
ワクチンは子どもの発症を3分の1から半分ほど減らし、入院も半分ほど減らします。効果は接種後1か月あたり数ポイントずつ減りますが、5か月から6か月は残ります。
そして今年は、流行がすでに始まっており、流行のピークがいつ来るかは分かりません。この条件で、9月半ばの今、6か月の赤ちゃんから高校生まで、それぞれ「いつ・何回・どの種類」を打つのが最も期待値が高いのでしょうか。
子どもは2回という日本の決まりは、本当に2回必要なのでしょうか。
フルミストを選ぶべき子と、選んではいけない子は誰でしょうか。
そして、祖父母の接種時期は?続きで、年齢別の設計図として具体的にお話しします。
第3章 「いつ・何回・どれを」打つべきか
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