ラジオや音楽を「流しっぱなし」で子どもと過ごすのは、よくない?
皆さん、こんにちは。
8月になりましたね。
とても暑い日が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?自分はカリフォルニアに戻ってきましたが、気温は高いですが風も涼しく最高です。
今回も「子どもとメディア」シリーズでお送りしております。
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7月末に配信したスクリーンタイムの記事が大変好評で、登録者が一気に増えてもうすぐ登録者数6万人となりそうです。ひとえに読者の皆様のおかげです。
そんな中、私のニュースレターのスレッドQ&Aコーナーに以下のような質問を投稿いただきました。
いつも有益な情報ありがとうございます。スクリーンタイムについての記事が気になり、登録させていただきました。パートナーと記事の内容について話し合う中で「ラジオはどうなんだろう」「子どもと遊んでいるときに音楽を流しっぱなしにするのもよくないのかな」という話になりました。個人的には、親とのやりとりに集中するために流しっぱなしにしない方が良いのではないかと思っています。ラジオや音楽を流したまま子どもと過ごすことについての是非をテーマに書いていただきたいです。よろしくお願いいたします。
確かにスクリーンが子どもに与える影響については語られることが増えましたが、「音」については、意外と見落とされがちで盲点でした。
テレビと違って、ラジオや音楽は「ながら」で流せてしまいます。家事のBGMに、リビングにいつも流れる音楽に、車の中のラジオにと用途は様々でしょう。多くの家庭で、音は当たり前の背景になっています。
それは、子どもの育ちにとって本当に無害なのでしょうか。それとも、静かに何かを削っているのでしょうか。
この記事では、①背景のながら音が子どもの聞き取りと学びにどう関わるのか、②もっと大きな問題は何か、③そのうえで、どう付き合えばよいのかを、データで一つずつ確かめていきます。
「ながら音」は、子どもの聞き取りを邪魔する?
背景音は、親の声をかき消す
まず、子どもが言葉を覚える現場で何が起きているかを、実験で見てみましょう。
生後22〜24か月と28〜30か月の幼児に、新しい物と新しい名前の組み合わせを教える研究があります#1。ポイントは、そのとき背景に人の話し声を流したことです。
すると、教える声が背景の話し声より10デシベル、はっきり大きい時は、子どもは新しい言葉を学べました。ところが、両者の差が5デシベル、背景の声とあまり変わらない大きさになると、子どもは同じ言葉を学べなかったのです#1。
これは、私たち大人にはピンと来にくいかもしれません。
大人は、多少ざわついたカフェでも相手の話を聞き取れます。でも、まだ言葉を覚えている最中の幼児にとって、背景の音は聞き取るべき親の声をかき消す壁になり得ます。専門的には「信号対雑音比(シグナル対ノイズ)」と言いますが、要は聞きたい声が、まわりの音に対してどれだけくっきり大きいかです。子どもが言葉を拾えるかどうかは、この差にかかっていると言えます。背景に音が流れているだけで、その差は縮まってしまうのです。
10デシベルと5デシベル、と言われても実感がわきにくいので、少しだけ補足します。
デシベルは、差が小さく見えても、体感の差は大きい単位です。ざっくり言えば、教える声が背景よりはっきり大きく聞こえる状態なら学べ、教える声と背景の音が、同じくらいの存在感で耳に入ってくる状態になると学べなくなった、ということです。
家庭に置き換えれば、テレビやラジオの音量が、親の話し声と張り合うくらいになった瞬間に、子どもの言語学習にとっての壁は立ち上がると言えます。しかもこの研究の対象は、2歳前後という、言葉が爆発的に増える大切な時期の子どもたちでした。まさにいちばん言葉を学んでほしい時期に、ながら音は静かに子ども達の学美にブレーキをかけうるのです。
幼児は「雑音の中から言葉を拾う」のが苦手
ではなぜ、大人は平気で子どもは苦労するのでしょうか。
それは、雑音の中から目当ての音だけを抜き出す能力が、まだ発達の途上だからです。大人の脳は、長年の経験で聞きたい声に注意を集中し、それ以外を背景に押しやる技を身につけています。幼児の脳は、その技をこれから育てるところ。だから、同じ環境でも、子どものほうが情報を取りこぼしやすいのです。
同じ研究には、希望の持てる見解もありました。2歳よりも少し年上の幼児、28〜30か月は、あらかじめ雑音のない状態でその言葉を聞いておくと、その後は背景音があっても、つまり5デシベル差でも学べたのです。
つまり、一度クリアに聞いて覚えた言葉なら、多少の雑音の中でも扱えるという事です。裏を返せば、初めて出会う言葉を雑音の中で教えるのがいちばん難しいのです。子どもにとって世界は初めての言葉だらけですから、これは小さくない問題です。
とくに「言葉の音」は手強い、音楽よりラジオ・テレビ
ここで、ご質問頂いたラジオと音楽を分けて考える必要があります。
先ほどの研究で背景に流したのは、人の話し声でした。実は、子どもが言葉を聞き取るのを最も邪魔しやすいのは、この意味を持った人の声です。ラジオのトーク、テレビの音声、ポッドキャスト、歌詞のある曲。これらは、子どもが必死に解読しようとしている言葉と競合します。脳がどの声を追えばいいの?と混乱してしまうのです。
一方、歌詞のない静かな楽曲は、言葉と直接ぶつかりにくいぶん、比較的おだやかだと考えられます。とはいえ、どんな音でも音量が上がれば、親の声とのくっきり差(信号対雑音比)は縮まります。ですから、音楽ならすべて安全、ラジオはすべて危険という単純な線引きではなく、言葉を含む音ほど、そして音量が大きいほど、子どもの聞き取りを邪魔しやすいと理解するのが正確です。
もっと大きな問題は「やりとりそのものが減る」こと
背景の音は、親子の関わりの量と質を下げる
前章では子どもが聞き取りにくくなる話をしました。
しかし、ながら音のもっと大きな問題は、実は親の側にあります。背景で流れるメディアが、親子のやりとりそのものを減らしてしまうのです。これを示したのが、背景テレビの古典的な研究です。12・24・36か月の子ども51組を観察し、大人向けのテレビ番組を背景に流した1時間と、消していた1時間を比べました。すると、テレビが点いているだけで、親子のやりとりの量も質も低下したのです#2。
注目すべきは、子どもがテレビを見ていなくても、そうなった点です。番組は大人向けで、子どもは遊んでいるとしますが、背景で流れる音と映像が、親の注意をわずかに奪い語りかけや反応を減らしていました。研究者は、これを早い時期からの慢性的なテレビ視聴が発達に悪影響を及ぼしうる一つの経路だと指摘しています#2。つまり、画面を見せることだけでなく、点けておくこと自体が、親子の関わりを目減りさせるのです。
ここで大事なのは、テレビは音と映像の両方だという点です。その音成分、つまり大人向けの話し声は、まさに前章で見た言葉と競合する音でもあります。ということは、映像のないラジオやトーク番組であっても、少なくとも親の注意を奪い、語りかけを減らすという音の側の効果は、同じように働きうるのです。実際、家事をしながらラジオのニュースに耳を傾けていると、子どもの「ねえ、見て」に、生返事になってしまうのです。そんな経験は、多くの親に心当たりがあるはずです。背景音は、子どもの耳だけでなく、親の注意も奪うのです。
音の出る道具は、親の言葉を奪う
もう一つ、示唆に富む実験があります。
生後10〜16か月の親子26組に、3種類のおもちゃ(電子音の出るおもちゃ、昔ながらのおもちゃ(積み木など)、絵本)で遊んでもらい、親の言葉を比べた研究です#3。結果は明らかでした。光ったり音が鳴ったりする電子おもちゃで遊んだとき、親が発する言葉の数、親子のかけ合いの回数、子どもの発声への親の返事、どれもが、昔ながらのおもちゃや絵本のときより少なかったのです#3。最も親の言葉が豊かになったのは、絵本でした。
数字で見ると、その差は小さくありません。電子おもちゃで遊んだときの親の言葉は1分あたり約40語だったのに対し、絵本のときは約67語と、大きく上回りました#3。会話のかけ合いも、親の返事も、子どもに教える具体的な言葉(「まる」「あか」など)も、絵本のときが最も豊かでした#3。
なぜでしょう。おもちゃ自身が音や光で発信しまうと、親は自分が語りかける役目を、無意識に道具に明け渡してしまうのです。研究者は、電子おもちゃでの遊びは言葉の入力を質・量ともに減らすとして、その使用を控えるよう勧めています#3。
この実験はあくまでおもちゃの話ですが、示している原理は「ながら音」にそのまま通じます。部屋の中に、音を発してしゃべる存在があると、親の語りかけの動機は静かに削られます。電子おもちゃがそうであるように、流しっぱなしのラジオや音楽もまた、そのしゃべる存在になりうるのです。逆に言えば、絵本が最も豊かな言葉を引き出したのは、絵本が何もしゃべらず、親が語る余白を残す道具だからでした。子どもの言葉を育てるのは、賑やかな音源ではなく、親が語りたくなる静寂な時間なのです。
本当に育てているのは「??の時間」
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