こどもを守るため学級写真をやめた小学校の判断の是非を記憶の科学で検証
皆さん、こんにちは。
9月4本目ですね。新学期どうお過ごしでしょうか?
土曜日からシルバーウィークに突入しますね。大型連休だとNICU当直や小児救急外来は大変だろうなと今でも思うわけです。そう考えるとクリニックが担っている一次医療施設としての役割の大きさを痛感します。
さて今回も始めていきましょう。
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※この記事には、子どもの性的画像被害に関する統計への言及があります。お子さんの画像が加工・拡散されたなど急を要する相談は、警察相談専用電話(#9110)/性犯罪被害相談電話(#8103)/インターネット・ホットラインセンター(違法画像の通報)へつながってください。学校内で起きた場合は、担任だけでなく管理職と教育委員会にも同時に伝えてください。
9月16日、毎日新聞が報じた一つの記事が、その日のうちにYahoo!ニュースのトップに載り、SNSで一気に話題になりました。
名古屋市瑞穂区の、児童約800人の市立小学校が、今年度から学級の集合写真をやめたという話です。4月7日の学校だよりで突然告げられ、保護者アンケートでは約7割が継続を望み、9月4日には221世帯分の署名が校長に手渡されました。それでも9月11日、校長は「個人が特定されるリスクが高い」として廃止する方向を伝えました。市内259の市立小学校のうち、廃止したのはこの学校を含めて2校だけです。
SNSの反応は真っ二つに分かれました。
「思い出を奪うな」「たかが集合写真で大げさだ」という声。
そして「今の時代、顔写真は危ない」「学校の判断は正しい」という声です。
自分はこの論争を読みながら、両サイドに、それぞれ正しい部分と、見落としている部分があると感じました。
校長が挙げた理由は三つだそうです。
プライバシーの保護、全学級の撮影に約3時間かかること、そして欠席者への配慮。
しかし後の取材で、本当の理由が見えてきました。名古屋市では昨年来、教員のグループが児童の盗撮画像を共有していた事件が明るみに出て、そのメンバーの元教諭が、担任クラスの女子児童の写真を生成AIで裸に加工した性的ディープフェイクを所持していた罪でも起訴されました。校長はこの事件をきっかけに廃止を検討したと説明しています。
つまりこれは、「写真をどう扱うか」という問いに、「顔写真は生成AIで性的画像に変えられる」という新しい現実が重なった論争です。
この記事では、まず校長の懸念がどれほど現実的なのかを、警察庁の統計と海外の研究で確かめます。次に、子どもの画像被害は「誰が、どこから」起こしているのかを見ます。そのうえで、写真が子どもの記憶と心に何を与えているのか、そして写真をなくす以外に学校と家庭にできることは何かを、順にたどります。
校長の懸念は、妄想ではない
名古屋で起きたこと
まずは事実を整理しましょう。
2025年3月、名古屋市の小学校教員が別件で逮捕され、押収したスマートフォンから、教員同士で児童の盗撮画像を共有するグループの存在が判明しました。その後、名古屋と横浜の教員が相次いで逮捕され、グループには約10人の教員が参加していたとされています。名古屋市教育委員会は1万人を超える教職員を調査し、教室への私物端末の持ち込みを禁止しました。文部科学省も2025年7月1日、教員が私的な端末で児童生徒を撮影しないこと、学校の端末で撮った画像を無断で校外に持ち出さないことを全国に通知しました。
そして2026年6月4日、名古屋地裁はグループを作った元教諭に懲役3年6か月の実刑を言い渡しました。
判決で注目されたのは、実在する女子児童の写真を生成AIで加工した裸の画像を、児童買春・児童ポルノ禁止法の「児童ポルノ」の所持と認めた点です。これは性的ディープフェイクを児童ポルノと認定した初めての司法判断とみられています。元教諭は、担任クラスなどで撮影した女子児童の写真をグループに提供し、メンバーがAIの画像編集サイトで加工した画像を、自分の携帯電話に保存していました。写真の出どころは、日常の学校生活の中にありました。
第1章 顔写真から裸を作る被害は、どれくらい起きているのか
校長が恐れている事態は、実際にどれくらい起きているのでしょうか。
警察庁は2025年12月、18歳未満の子どもの画像を性的に加工する「性的ディープフェイク」の統計を初めて公表しました。
2025年の1年間に全国の警察が扱った事案は114件。被害者は中学生が66件、高校生が32件、小学生が6件でした。加害者は「同級生や同じ学校の生徒」が65件で最も多く、「教員や親など」も7件ありました。
そして今年8月、2026年上半期だけで123件と、前年同期の60件から倍増し、すでに昨年1年分を超えたことが発表されました。中学生79件、高校生38件、小学生3件。加害者の7割近い83件が、同じ学校の生徒でした。
具体例として警察庁が挙げたものの中に、この論争と直結する事案があります。
「男子中学生らが、学校のタブレット端末に入っていた行事のアルバムの女子生徒の画像を生成AIで性的に加工し、グループ内で共有した」というものです。ほかにも、同級生がSNSに投稿した画像を裸に加工して他の男子生徒に売った事案、卒業アルバムの写真を悪用した事案が報告されています。校長の懸念は、報道を見て思いついたファンタジーではありません。同じ市内で、同じ職業の人間が、同じ種類の写真を使って、実際にやったことなのです。
世界に目を向けると、事態はさらに進んでいます。
英国のインターネット・ウォッチ財団は、2024年に確認した生成AIによる児童性的虐待画像が7,644点で前年の380%増、2025年には8,029点に達し、動画は前年の2点から1,286点へ急増したと報告しています。
英国の8校の教師と生徒に聞き取りをした2026年の研究では、教師の多くが生成AIの使いやすさを過小評価しており、性的ディープフェイクを「同意のない裸の画像」と同じ重大さで扱うべきだという理解が学校ごとにばらついていました#5。生徒側も、自分の学校で実際に起きているのに、この問題について教育を受けたことがないと答えていました。日本の学校が、何の準備もなくこの現実に直面していることは、名古屋の例を見れば明らかです。
法律サイドも追いついていません。
日本には性的ディープフェイクそのものを直接罰する法律がなく、被害者が18歳未満なら児童ポルノ禁止法、成人なら名誉毀損やわいせつ物頒布などを組み合わせて対応しているのが現状です。2023年に施行された性的姿態撮影等処罰法も、対象は「撮影」であり、既存の写真の加工は含まれません。名古屋地裁の判決が注目されたのは、この空白を司法が一部埋めたからです。加工が数分で、無料で、誰にで」できる一方、被害の回復は年単位でかかります。被害者が偽物ですと説明して回る間にも、画像はコピーされ続けるからです。学校が不安になるのは無理もない状況です。
第2章 子どもの画像は誰に、どこから狙われる?
加害者は見知らぬ大人ではない
では、学級写真をやめれば、この被害は防げるのでしょうか。
それを考えるには、被害の構造を知る必要があります。
オーストラリアで16歳から24歳の3,500人を対象に、18歳になる前の経験を尋ねた全国代表調査があります#1。自分の性的な画像を同意なく共有された経験がある人は7.6%(女性10.9%、男性3.8%)で、被害が始まった年齢の中央値は15歳でした。加害者は「知り合いの同年代」が48.8%、「交際相手か元交際相手」が23.4%で、大半が身近な同年代の人物でした#1。
米国で18歳から28歳の2,639人を対象にした同様の調査でも、18歳未満で画像に基づく性的被害を受けた人は11.0%で、加害者の中心は交際相手、友人、知人であり、ネット上の見知らぬ大人ではありませんでした#2。
警察庁の統計で加害者の7割が同じ学校の生徒だったことと、ぴたりと重なります。3万2,247人を統合したメタ解析でも、性的な画像を同意なく共有された人は8.8%、許可なく画像を撮られた人は17.6%にのぼり、被害者には不安、うつ、対処の困難といった影響が一貫して見られました#3。
これが意味するのは、子どもの顔写真を狙う人物の多くは、学校の外にいる不審者ではなく、同じ教室にいる、あるいは同じ職員室にいる人だということです。集合写真を廃止しても、その人物は運動会でスナップ写真を撮り、学校のタブレットの行事アルバムを開き、友だちのSNSを見ることができます。
実際、名古屋の学校は「式典や運動会でのスナップ写真の撮影は継続する」としています。廃止された経路は、数ある経路のうちの一つにすぎないのです。
小学生の集合写真はどれくらい狙われているのか
もう一つ、年齢の視点を考えておきましょう。
警察庁の統計で、小学生の性的ディープフェイク被害は2025年が114件中6件、2026年上半期が123件中3件でした。被害の中心は中学生と高校生です。オーストラリアの調査でも、画像被害が始まった年齢の中央値は15歳で、多くは思春期以降に集中していました#1。米国の調査でも同じ傾向で、被害の大半は13歳以降に起きていました#2。同級生が加工の加害者になる年齢は、生成AIを自分で使い、性的な関心が高まり、仲間内で画像を交換する文化が生まれる中学生以降です。小学校の学級写真を、同じ学級の子が今年のうちに加工する確率は、統計で見るかぎり高くありません。
ただし、ここには落とし穴があります。写真は残るからです。今年3年生の子の集合写真は、その子が中学生になったとき、まだ誰かの端末や、業者の販売サイトや、家庭のパソコンの中にあります。写真そのものは古くても、顔は本人のままです。
小学生の写真の危険は「いま加工される」ことより、将来まで残りどこにあるか分からなくなることにあります。
だとすれば問題にすべきなのは写真を撮るかどうかではなく、誰が保管し、どこまで配り、いつ消すかです。名古屋の事件で小学生の写真を加工したのは、同級生ではなく教員でした。小学生に関して現実に大きいリスクは、学校の内側にいる大人による撮影と持ち出しであり、それは私物端末の禁止と画像管理で塞ぐ経路です。年齢ごとにリスクの形が違う以上、対策も一律の廃止ではなく、経路ごとに設計する必要があります。
加工された画像は、本物と同じだけ傷つける
一方、AIで作った偽物なのだから本物の盗撮より軽いという見方があります。
被害者の側から見ると、それは成り立ちません。米国の大学生を対象にした研究では、性的画像を同意なく拡散された被害者は、身体的・心理的な対人暴力を受けた人と比べても、心的外傷後ストレス障害(PTSD)とうつ病の基準を満たす確率が2倍以上でした#4。
画像被害の特徴は、その公開性にあります。拡散された画像は消えず、誰が見たか分からないという不安が続きます。加工画像であっても、顔は本人のものであり、見た人は本物だと思い、本人は本物ではないと説明する立場に追い込まれます。ディープフェイクの被害を「偽物だから」と軽く扱うことは、被害者を二度傷つけることになります。
ここまでを整理すると、校長の懸念は現実問題に根ざしています。
生成AIによる子どもの性的画像被害は、日本でも1年で倍増し、写真の出どころには学校の行事アルバムや卒業アルバムが含まれ、加害者の多くは同じ学校の生徒か、時に教員です。
しかし同時に残念ながら、その構造は学級写真を1枚なくすことでは変わりません。
では、写真をなくすことで子どもは何を失うのでしょうか。写真が記憶と心に果たす役割は、どこまで科学的に分かっているのでしょうか。そして学校の写真より桁違いに多くの子どもの顔を世界に出しているのは、実は誰なのか。
学校と家庭が本当にやるべき対策とあわせて、続きでお話しします。
第3章 写真が子どもに与えるもの
「思い出のため」は、科学的にも正しい
アンケートで継続を望んだ親御さん達の理由は、「学校生活の思い出として残したい」「写真を見ながら家で学校の話をするきっかけになる」というものでした。感傷的な理由に聞こえるかもしれませんが、発達心理学から見ると、この二つの理由はかなり強く支持されます。
まず、写真は幼い子の記憶を呼び戻す道具として機能します。
24か月と30か月の幼児に実験室で新しい遊びを見せ、しばらくたってから、その遊びを写した写真を見せた群と見せなかった群で思い出せる量を比べた研究では、どちらの月齢でも、写真を見た群のほうが多くの活動を再現できました#9。2歳の子どもでさえ、あのときのことの手がかりとして写真を使えるのです。
次に、子どもの自伝的記憶は、家族と「あのときこうだったね」と語り合う中で育ちます。思春期の若者が、親の子ども時代の話を含む世代を越えた家族の物語を豊かに語れるほど、心の健康度が高いことを示した研究があります#10。当然ながら、写真はその語りの引き金となります。
突然我が家の話になりますが、我が家のリビングの広間にあるテレビはスクリーンセイバーを自分のicloudに繋げていて、急にこども達の幼少期の写真を自然に流すように設定しています。突然流れてくる画像に、家族みんなで「懐かしいね」「あの頃は〇〇だったな」と昔を振り返る時間に自然になります。こういうのも彼女達の成長には良いことなのだろうなと思うわけです。
さらに、大人になってからの効果もあります。
過去を懐かしむ感情(いわゆるノスタルジア)を実験的に引き起こすと、人生の意味の感覚が高まり、その効果は人とつながっている感覚を介して生じることが、6つの実験で示されています#11。東京大学の研究者が参加した2026年の研究では、約1,900人を対象に、どんな懐かしさが心の健康と結びつくかを調べたところ、娯楽やメディアの懐かしさではなく、家族の行事や大切な家族との家に根ざした懐かしさだけが、どの年齢層でも一貫して幸福感と関連していました#12。学級写真を20年後にふと開いたとき、それは自分には居場所があったという感覚を取り戻すきっかけになるのです。
学校とのつながりそのものも、心の健康を守ります。
27の縦断研究、5万7,074人の思春期の子どもを統合した解析では、学校とのつながりの感覚が高いほど、その後のうつ症状が低く、逆にうつ症状が高いほど、その後のつながりが低下するという双方向の関係が確認されています#13。集合写真は、このクラスの一員だったという所属を思い返す記録です。写真を消すことは、所属の記録を消すことでもあります。
写真の撮り方で、記憶は増えも減りもする
一方で、写真に関する研究の中には、親に少し耳の痛い事実もあります。
美術館の見学中に作品を撮影するよう指示された人は、ただ観察するよう指示された人より、作品そのものも作品の細部も作品の位置も思い出せる量が少なくなりました#14。撮ることに意識が向くと、経験そのものへの注意が減るのです。ただし面白いことに、作品の一部をズームして撮った場合にはこの減損は起きませんでした。注意を向けて撮れば、記憶は守られます。
これを運動会に当てはめると、答えは一気に分かりやすくなります。
ファインダー越しにわが子の徒競走を追い続けた親は、走る姿を見た記憶が薄くなります。写真は、後で子どもと一緒に見返し、語り合うために撮るものであって、撮ること自体が目的になった瞬間に、思い出を減らし始めます。
学級写真の価値は、プロが1枚撮り、家庭で何度も開かれることにあります。親が何百枚も撮って一度も見返さないスナップとは、性質が違うのです。
学校の写真よりはるかに多くの顔を世界に出しているのは誰か
ここで、この論争が見落としている最大のポイントに触れます。
子どもの顔写真を、最も多く、最も広く、最も長く公開しているのは、学校ではありません。
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