産婦人科医と語る令和8年熊本地震の現場から〜災害医療と母子支援

今回は実際に災害現場に足を運ばれた産婦人科の先生と対談です。
今西洋介 2026.08.10
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令和8年熊本地震 —— 何が起きたのか

2026年7月28日、熊本県を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。県内では最大震度7を観測。八代平野一帯、八代市、氷川町、宇城市などで建物の倒壊が相次ぎました。

8月8日時点の状況は次のとおりです。

死者39人(うち災害関連死の疑い1人)避難所への避難者6,591人(8月1日時点は9,228人)断水最大時約9万軒。8月末までに応急復旧の見込み被災した医療機関県内79機関派遣された医療チームDMAT 56隊、コーディネーションチーム 19隊、DPAT(災害派遣精神医療チーム)10隊

避難所の人数は着実に減っています。断水も、8月1日時点で34.8%だった復旧率が8月3日には50.9%まで上がりました。数字の上では、事態は収束に向かっているように見えます。

しかし、8月8日に死者が38人から39人になったとき、増えた1人は「災害関連死の疑い」でした。地震の揺れで亡くなったのではなく、その後の避難生活の中で亡くなった方です。

そして今年は、2016年の熊本地震から10年の年でもあります。2016年4月、2日のあいだに震度7が二度襲ったあの地震では、犠牲者の約8割が災害関連死でした。

産婦人科医・前中先生と語る令和8年熊本地震のリアル

今回はこの「令和8年熊本地震」について、現地にも入られ災害医療を行なった産婦人科医の前中先生と対談させて頂きました。

今西: よろしくお願いします。産婦人科医の前中先生には以前もご登場いただきましたが、今回は令和8年熊本地震にDMAT(災害派遣医療チーム)の一員として入られたということで、お話をうかがいます。先生は平時から、大阪府の災害時小児周産期リエゾンも務めておられます。今回はそのお立場で現地に入られたわけではないのですが、災害時の小児・周産期の仕組みを内側からご存じの方です。今日はその両方の目からうかがえればと思います。

【編集部補足】DMATは、災害急性期に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チームです。阪神・淡路大震災で「適切な医療が提供されていれば救えたはずの命(防ぎ得た災害死)」が多数あったという反省から、2005年に発足しました。災害時小児周産期リエゾンについては後述します。

1. 「基幹病院」ではない病院が、基幹になる

今西: 今回の震災について、現地で実際にお感じになったことや、先生が入られた病院の様子を教えてください。

前中先生: 私が入ったのは、いわゆるケアミックス病院、療養型の病棟と一般病棟が混在している病院です。地域の基幹病院の一つではありますが、救急車の受け入れは年間200台程度で、救急機能はそれほど高くありませんでした。しかし、周囲のクリニックが診療できなくなったため、救急機能を拡張して対応せざるを得ない状況にありました。

今西: DMATとして、現場ではどのような役割を想定されていたのでしょうか。

前中: DMATの役割は、地震などで機能不全に陥った地域の医療・保健・福祉が復旧していけるように支えるサポーターです。医療の実務面だけでなく、地域医療等が適切に展開できるようマネジメント面でお支えすることも重要な任務です。災害医療という言葉でイメージされやすい、瓦礫の下でのレスキューではなく、被災地の人々が中長期にわたって生活していくための復興を支える。それが本来の役割だと理解しています。

今西: 実際に現地で、いちばん課題だと感じられたことは何でしたか。

前中: 私が支援した病院では、先に述べた様に救急機能を拡張していたため、その医療ニーズへの対応と、スタッフの方々が「自分たちが支えなきゃ」という強い思いから、アドレナリンが出た状態で無理をしてしまい、休もうとしないことへのサポートが主な課題でした。彼らにいかに休んでもらい、今後の日常への復帰へ向けた長期戦に備えてもらうか。主に二つの大きく異なる課題に対するマネジメントが必要でした。

【補足】被災地の医療スタッフは、支援者であると同時に被災者でもあります。自宅が損壊していたり、家族の安否や生活の立て直しを抱えたまま勤務を続けている場合も少なくありません。

2. 「災害時小児周産期リエゾン」とは何か

今西: 一般の方には聞き慣れない「災害時小児周産期リエゾン」という言葉について、解説をお願いします。これも過去の震災の教訓から生まれた制度ですよね。

前中: はい。災害医療の仕組みは、大きな災害のたびに、その反省から作られてきました。阪神・淡路大震災のときには、医療資源の把握が不十分で、救えたはずの命が救えなかったという反省がありました。そこから生まれたのがDMATです。ただ、DMATの主力は救急医であって、必ずしも母子保健や周産期医療に詳しいわけではありません。東日本大震災や2016年の熊本地震では、小児や周産期の領域で、その専門性の空白が課題になりました。そこから作られたのが「災害時小児周産期リエゾン」です。都道府県の対策本部に立って、専門的な立場からアドバイスを行ったり、地域の小児・周産期における医療等の資源をコーディネートしたりするのが役割です。

【補足】災害時小児周産期リエゾンは、2019年2月に厚生労働省が「災害時小児周産期リエゾン活動要領」を各都道府県に通知して制度化されました。発災時、県庁の保健医療調整本部の中に入り、地域の小児・周産期医療機関の情報を集め、支援ニーズを把握し、学会・医会を含む県外の支援組織につなぐ役割を担います。2016年の熊本地震の教訓から生まれた仕組みが、10年後の熊本で動いたことになります。

今西: リエゾンのシステムは、現在どのように運用されているのでしょうか。

前中: まさに発展途上の段階です。現場に寄り添うことが重視されています。活動内容も、単なる搬送調整だけでなく、医療的ケア児のサポートや、震災による心のケアなど、福祉・保健面まで幅広くなっています。

3. 妊娠中の方・お母さんへ

今西: ここからは、読者のお母さんたちに向けたアドバイスをお願いします。まず、分娩予定の施設が被災した場合はどうすればよいでしょうか。

前中: 被災し分娩の取扱は停止していても、妊婦健診は再開していたり、相談の連絡は受けている場合も多くありますので、まずはかかりつけの施設に連絡をしてください。ただし、お腹の痛みや出血など、緊急を要する場合は遠慮せず119番通報してください。急がない場合、日中であれば、市町村のこども家庭センターや保健の窓口に相談するのも有効です。熊本の場合は、県内の分娩の多くを担う福田病院などが相談回線を開設しています。夜間であれば#7119も有用である場合があります。

【補足】こども家庭センターは、2024年4月の改正児童福祉法・母子保健法により、市区町村に設置が進められている相談窓口です。妊娠期から子育て期までを切れ目なく支援する拠点で、自治体によって名称が異なる場合があります。

今西: 母子手帳を紛失してしまったという不安も多いようです。

前中: 母子手帳がないことを理由に、受診をためらわないでください。情報は医師が聞き取りで補いますので、まずは相談することが大切です。

【補足】母子健康手帳は、お住まいの市区町村で再交付を受けられます。ただし再交付を待たずに受診して構いません。

今西: 断水時の授乳についても教えてください。

前中: 基本は母乳が一番です。ストレスで出にくくなった場合は、ペットボトルの水で粉ミルクを作るか、常温保存可能な液体ミルクを活用してください。哺乳瓶がないときは、紙コップの縁を少し潰して飲ませる方法もあります。

【補足】紙コップで授乳する方法は「カップフィーディング」と呼ばれ、災害時など哺乳瓶が使えない状況で用いられます。コップの縁を赤ちゃんの下唇に当て、赤ちゃんが自分で舐め取るのを待つのがコツで、流し込まないことが大切です。

なお、災害時は母乳育児を続けられるよう支えることが重要とされる一方で、さまざまな事情で母乳をあげられない方への支援も同じく必要です。粉ミルク・液体ミルクを使うことに、うしろめたさを感じる必要はありません。

前中: 過去の震災では、周囲を気にして授乳を控えた結果、赤ちゃんが高度脱水で搬送された事例もありました。避難所の担当者にニーズを伝えて、母子向けのスペースなど、適切な場所を活用してほしいです。また、車中泊をしている妊婦さんは、脱水やエコノミークラス症候群に人一倍気をつけてください。

【補足】妊娠中・産後の女性は、もともと血液が固まりやすい状態にあり、エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症)のリスクが高いとされています。2016年の熊本地震でも、車中泊との関連が問題になりました。

予防には、こまめな水分補給、1時間に一度は車外に出て歩く、足首の曲げ伸ばしやふくらはぎのマッサージ、締めつけの強い服を避けることが有効です。片脚のむくみや痛み、胸の痛みや息苦しさがあれば、すぐに受診してください。

また、避難所によっては母子専用のスペースや福祉避難所が設けられている場合があります(名称は自治体により異なります)。遠慮せず、運営の担当者に相談してください。

4. 「地震ごっこ」は、止めなくていい

今西: 先生はリエゾンとして、平時から小児科の先生方と連携されるお立場です。その立場から見て、子どもたちのメンタル面で気をつけるべきことはありますか。

前中: 子どもたちが「地震ごっこ」をしたり、緊急地震速報の音を真似たりすることがあります。これは不謹慎に見えるかもしれませんが、実は、過度なストレスや恐怖を、安全な場所で再体験・追体験することで免疫をつけ、心を癒やしていく大切な過程です。無理に止めさせず、見守ってあげてください。また、いわゆる赤ちゃん返りなどの症状が出た場合も、先に述べた母子避難所等の一時的に子どもを遊ばせられるスペースなどを活用して、負荷を減らしてほしいと思います。

【補足】災害後に子どもが地震の場面を繰り返し遊びで再現することは、多くの場合、回復の過程で自然に見られるものです。

ただし、繰り返しても表情が晴れない、遊んだあとにかえって不安が強まる、眠れない・食べられないといった状態が長く続く場合は、専門家への相談を検討してください。市区町村の窓口や、DPAT(災害派遣精神医療チーム)による相談が利用できる場合があります。

5. これから顕在化する課題と、日常の備え

今西: 今後はどのような支援が必要になってくるでしょうか。

前中: 妊婦健診が適切に受けられない問題や、産後うつの悪化、授乳環境の不備などが顕在化してきます。これからは、急性期の怪我への対応だけでなく、メンタル面や福祉的な支援、医療的ケア児へのサポートがより重要になります。

今西: 最後に、いま被災地にいない方々へメッセージをお願いします。

前中: 日本はどこに住んでいても、災害に遭遇する可能性があります。ハザードマップをお散歩代わりに確認したり、避難所に母子専用スペースがあるか事前に調べたりしてみてください。大切なのは「自助・共助・公助」の組み合わせです。たとえば、液体ミルクを普段の料理(シチューなど)に使いながら備蓄していくローリングストックのように、防災を日常の生活に少しずつ組み込んでいくこと。それが、いざという時の力になります。

今西: ありがとうございました。地震に慣れてしまって震度◯程度なら大丈夫と油断せず、常に備えを意識することが大切ですね。

前中先生、熊本への派遣、本当にお疲れさまでした。

【補足コラム】災害時の液体ミルク 知っておきたいこと

そもそも液体ミルクとは

乳児用液体ミルクは、2018年8月に厚生労働省が乳及び乳製品の成分規格等に関する省令を改正し、規格基準を設定したことで国内での製造・販売が可能になりました。消費者庁は特別用途食品に「乳児用調製液状乳」という区分を新設し、2019年3月5日、江崎グリコ「アイクレオ赤ちゃんミルク」と明治「明治ほほえみ らくらくミルク」に国内初の表示許可を出しています。

つまり、日本で液体ミルクが買えるようになってから、まだ7年ほどです。2016年の熊本地震の時点では、国内では手に入りませんでした。

災害時の強み

最大の利点は、調乳がいらないことです。粉ミルクは、お湯を沸かし、決められた温度で溶かし、冷ます必要があります。断水・停電のもとでは、この一連の作業がすべて困難になります。

液体ミルクは常温で保存でき、そのまま飲ませられます。清潔な水も、煮沸消毒も要りません。前中先生が触れておられた紙コップでの授乳(カップフィーディング)とも相性がよく、哺乳瓶が使えない場面でも与えられます。

使うときの注意

日本小児科学会が「乳児用調整液体乳(液体ミルク)の使用に関しての注意点」を公表しています。要点は次のとおりです。

  • 保存は高温下を避ける。使用前に期限切れがないか、容器の破損がないかを必ず確認する

  • 開封したらすぐに使い、飲み残しは使わない

  • 常温で保管されていれば、温める必要はありません

  • 温める場合は製品の説明書に従う。電子レンジは絶対に使わないでください。加熱が不均一になり、一部に非常に熱い部分(ホット・スポット)ができて、赤ちゃんの口にやけどを負わせる可能性があります

  • 温める必要があるときは湯煎

  • 温めたミルクを赤ちゃんが飲まなかった場合は、保存せずに廃棄する

「開封したらすぐ」という点は、備える段階から関わってきます。製品は125ml・200ml・240mlなどサイズが分かれているので、月齢に合った量のものを選んでおくと、飲み残しの無駄が出ません。

母乳との関係について

同じ日本小児科学会の文書は、液体ミルク・粉ミルクは母乳代替食品であり、平時も災害時も乳児に推奨されるのは母乳であると明記しています。そのうえで、避難所などでは、感染予防の観点からも、母乳育児をしていた方が母乳育児を継続できるような配慮と対応が必要だとしています。

ここで大切なのは、これがお母さん個人への要求ではなく、支援する側への要求だということです。授乳できる場所がない、人目がある、水がない——そうした環境が母乳育児を難しくします。整えるべきは環境のほうです。

そして、災害のストレスで母乳が出にくくなることも、もともと母乳をあげていないことも、責められるようなことではありません。そのために液体ミルクがあります。前中先生が「ストレスで出にくくなった場合は」と続けられたのは、そういう意味だと思います。

備えるとき

2019年10月25日、内閣府(防災担当)などは都道府県の防災担当・保健所設置市の男女共同参画担当に宛てて事務連絡を出し、乳児用ミルク(粉・液体)と使い捨て哺乳瓶などの授乳用品の備蓄を求めています。あわせて、賞味期限が近づいたものを保育所の給食食材や防災訓練・啓発活動で活用するといった、ローリングストックによる有効活用を促しています。

対談で前中先生が挙げられた「シチューに使いながら買い足す」という方法は、まさにこの考え方を家庭に落としたものです。

ひとつ実務的な注意を。液体ミルクの賞味期限は製品によって幅があり、紙パックのものは短め、缶のものは長めの傾向があります。粉ミルク(未開封で1年半程度)より短いことが多いので、買った時点で期限を確認し、カレンダーに入れ替えの時期を書いておくくらいでちょうどよいと思います。備蓄は「置いておくもの」ではなく「回していくもの」です。

液体ミルクは、どうやったら手に入るのか

災害時、液体ミルクには大きく分けて国から自動的に送られてくるルートと、現場から要請して届くルートがあります。

国(内閣府)は、被災した都道府県からの要請を待たずに物資を送る「プッシュ型支援」を行っています。その対象である「基本8品目」には、食料や毛布、おむつ、生理用品とならんで乳児用粉ミルク又は乳児用液体ミルクが明記されています。つまり、誰も申請しなくても、国は最初から液体ミルクを送ることになっています。

もう一方は、避難所から市町村、市町村から都道府県、そして国へと必要量を積み上げていくルートです。このやりとりは内閣府の物資調達・輸送調整等支援システムで管理され、避難所のニーズや発注・到着状況が共有されます。

ここで大事なのは、避難所からニーズが上がって初めて、それが数量として動くということです。

そして現実には、国が送っていても避難所まで届いていない、ということが起こります。今回の熊本でも、全体として足りないのではなく必要な場所に届いていないという指摘がありました。物流の世界でラストワンマイルと呼ばれる、古くて新しい課題です。

だから、手元にないからといってどこにもないとは限りません。倉庫には届いているかもしれない。まず、避難所の運営担当の方か、市町村の窓口に必要と伝えてください。個人が国やメーカーに直接申請する方法はなく、そこが唯一の入り口です。

なお、指定避難所にいない方、車中泊をされている方、自宅で避難生活を送っている方も、物資を受け取れます。配布は避難所を単位に行われるため漏れやすいのですが、対象外ではありません。市町村に確認してください。

対談で前中先生が「避難所の担当者にニーズを伝えてほしい」とおっしゃっていたのは、こういう仕組みがあるからです。遠慮して伝えないことは、統計の上では「必要としている人がいない」ことになってしまいます。

出典
日本小児科学会「乳児用調整液体乳(液体ミルク)の使用に関しての注意点」/厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」/消費者庁「特別用途食品について」/内閣府(防災担当)事務連絡(令和元年10月25日)

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