「近所に産める場所がない」周産期医療をどう提供していくか

次々にお産の取り扱いを中止する医療機関。このまま近くの医療機関では出産が出来なくなるのでしょうか。今回は日本の周産期医療体制をどうしていくべきかについて、現場で起きている議論を中心に解説していきます。
今西洋介 2025.06.23
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6月も3分の2が終了しました。

近所で産める場所がない、全国で相次ぐ分娩撤退のニュースで不安になってる方も多いと思います。

SNSで様々な議論がありますが、専門家による建設的な意見というものは聞こえてきにくいです。今回は周産期医療のグランドデザインをどう提供していくか考えていきます。

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相次ぐ分娩取り扱い中止

今に始まったことではありませんが、今年も比較的大きな病院が分娩の取り扱いを休止するニュースの報道が相次いでいます。

今月6月頭には静岡県菊川市の市立総合病院が2026年3月末で分娩を休止することが決まりました。尚、休止するのは分娩だけで、外来診療の産科・婦人科妊婦健診は継続していくようです。

さらには、自分は小児科医で新生児科医でもあるので非常にこのニュースはショックだったのですが、鹿児島県のNICUも併設されている「いまきいれ総合病院」が今月いっぱいで分娩の取り扱いを中止することが決定しています。

2023年度のNICU・GCU入院児数は230人、出生体重1500gよりも低い極低出生体重児は38人と非常に地域の中核となっていた病院なだけに非常に残念です。大学病院や他の市立病院との連携も一つの手だとは思うのですが、なかなかそういう訳にはいかなかったのでしょう。

そんな中、5月に厚生労働省で第10回妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会が開催され、専門家の先生方が話し合いを行いました。

これだけ撤退しているにも関わらず、来年分娩費用が保険適用されます。

これはなかなかのインパクトですが、これには産婦人科の先生方も深刻な反応となっており、令和6年度に日本産婦人科医会を対象とした調査では分娩費用が保険適応となった場合に58%の医療機関が分娩取り扱いの中止を検討していると答えています。6割ですからなかなかの数字です。

昔は「私の生まれた街で出産したい」という地元民の願いを実現するために地方の医療機関も、自治値もそれに対応してきました。しかし継続的に起きる少子化と相次ぐ物価高はこういった状況を困難にしています。

今後出産を迎える方々にとって、静かな不安が広がっている事でしょう。「お産難民」という言葉が、もはや他人事ではなくなると思っている方もいるでしょう。

では我々はこの激しい少子化の中で、周産期医療を目指していけば良いのでしょうか?

今回は海外の事例を紹介しながら周産期医療のグランドデザインを考えていきたいと思います。

出産だけでない今後の動き

よくこの話をする時に「出産」施設の話をする人もいますが、周産期医療は当然ですが出産だけではありません。あくまで出産は周産期の一部であり、当然がらその前の妊娠や生まれた後の産後も加わります。

なので妊娠、出産、産後の話を進めていきたいと思います。

まずは「出産」です。

近年、全国各地で産科を閉鎖する病院が相次ぎ、分娩を取り扱う施設数が著しく減少しているのは先ほど紹介した通りです。

この直接的な原因は、産婦人科医、特に24時間365日の対応が求められるお産を担う医師の絶対数の不足と過酷な労働環境にあります。

この問題に対応するため、国は地域の周産期医療を、設備や人員が比較的充実した中核病院に「集約化」する方針を進めてきました。しかしこれは「きっちりと計画された」集約化でなく、いわゆる少子化の波に飲まれる形で始まった「消極的集約化」が進んでいきました。

この流れを決定的に加速させているのが、2024年度から本格的に始まった「医師の働き方改革」です。この改革は、医師の生命と健康を守るために時間外労働の上限を規制するもので、周産期母子医療センターで働く産婦人科医も、将来的には年間960時間という上限(A水準)を守ることが目標とされています。

産婦人科医一人ひとりの労働時間に上限が設けられれば、少人数の医師で昼夜を問わずお産に対応してきた中小規模の病院やクリニックが、これまで通りの体制を維持することは物理的に不可能になります。結果として「集約化」せざるを得ない状況となっているのです。

しかし、この集約化政策は、まさに諸刃の剣と言えます。一見すると、医療資源を集中させることで、ハイリスクな分娩への対応力を高め、医療の質を担保するという「光」の側面があります。

一方で、その裏側には深刻な「影」が生まれています。

それは地域による医療アクセスの格差拡大です。分娩施設が集約化された結果、特に地方や過疎地域に住む妊婦さんは、健診や出産のために遠くの病院まで長時間かけて通わなければならなくなりました。これは妊婦さんにとって大きな身体的・経済的負担であるだけでなく、緊急時の対応の遅れにも繋がりかねません。

現在の集約化は、医師の働き方改革という避けられない変化に対応するための、いわば対症療法的な色彩が強いと言えます。それは、医師の分散した過重労働を、中核病院での集中した過重労働と、地域住民のアクセス低下という新たな問題に置き換えているに過ぎない可能性があります。

集約化を目指したフランスの事例

フランスは、日本と同様に医療の「集約化」を進めてきた国ですが、そのアプローチには学ぶべき点が多くあります。フランスのシステムの中核をなすのは、国が主導して構築した「周産期ネットワーク(réseaux de santé périnatale)」です。

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続きは、7262文字あります。
  • 出産費用の保険適応がもたらす懸念
  • 東京都で始まる無痛分娩の助成
  • イギリスの助産師主導ケア
  • 日本版周産期ケアのグランドデザインを考える
  • ふらいと先生はこう思う
  • 参考文献

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