アメリカの民衆の科学リテラシーは崩壊したのか
皆さんこんにちは。9月も気付けば6本目になりました。
自分としては記事は1ヶ月6本までと決めています。それ以上すると米国の本業が疎かになってしまいますし、かえって効率が悪くなって記事の質が落ちる気が「私は」するので。もちろん余力のあるオーサーなら出来るとは思いますので、人それぞれなんだと思います。
自分は記事の質を少しでも上げるために記事と記事の間隔が空いていないとダメなタイプで、記事を書くことと同じくらい、書くテーマにこだわっています。
ということで今月はあと1,2本は書きたいと思ってます。
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世間を騒がせている自閉症関連のデマ
さて今回はこちらから入りましょう。
米国トランプ大統領が、解熱鎮痛剤の有効成分アセトアミノフェンを含む鎮痛剤タイレノールの妊婦への処方を今後控えるよう、医師に対する勧告を出すと発表しました。
彼らはアセトアミノフェンを妊婦が服用すると、子どもの自閉症のリスクを高めるおそれがあると主張しているのです。

トランプ大統領に耳打ちするケネディ長官(NY Timesより引用)
これに対して、各学会が反発のコメントを次々に発表しました。
まず米国産婦人科学会がトランプ氏の発表と同日に公式コメントを発表
「妊娠中のアセトアミノフェンの使用が自閉症を引き起こすという示唆は、臨床医にとって非常に懸念されるだけでなく、妊娠中にこの有益な薬に頼る必要があるかもしれない妊婦を含む妊婦に送る有害で混乱を招くメッセージを考慮すると無責任です」
次に米国小児科学会も同日に声明を発表。
「自閉症の根本原因は一つではなく、全ての児・成人に必要な治療薬も存在しません。発達、行動、教育、社会関係の戦略を組み合わせた個別化した治療計画が役立ちます」
そして、米国精神医学会も同日に声明を発表しました。
「政権は自閉症スペクトラムの人たちへの証拠に基づいた支援を優先し、関連する長期的かつ包括的な研究に投資することが不可欠です。
ワクチンは自閉症を引き起こしません。そのような関連性に関する主張は、査読済みの研究で繰り返し否定されています。
自閉症は複雑な疾患であり、少数の研究で因果関係が確立されていると示唆するのは誤りです。アセトアミノフェンは、指示通りに服用すれば妊娠中でも安全であることが、確固たるエビデンスによって示されています。治療方針に関する決定は、患者と医師が行うべきです」
なかなかどの学会も一斉にブチ切れ案件ですね。
しかし、これは無理もありません。なぜならもうこの関連性は科学的に否定されているからです。
これに関してはSNSでも様々な先生が解説しているのですが、私の方でもおさらいをしましょう。
自閉症と解熱鎮痛剤のおさらい
さて自閉症とアセトアミノフェンの関連性の歴史をここで簡単におさらいしましょう。もう既に色んな先生がSNSで解説されているので今更感がありますが、ここでもちゃんとお伝えします。どんな人が読んでもわかりやすい様に、とっても簡単に解説します。
アセトアミノフェンと子供の発達障害との関連性を巡る議論は、主に2010年代に発表された複数の観察研究から始まりました。この議論の口火を切った重要な研究の一つが、デンマーク国民出生コホートを対象とした大規模な前向き研究です(#1)
1996年から2002年の間に生まれた64,322人の生児とその母親が研究対象となり、妊娠中にアセトアミノフェンを使用した母親から生まれた子供は、ADHD治療薬を使用するリスクも1.29倍(ハザード比1.29)高いことが示されました。この関連性は、使用期間が長いほど、また使用頻度が増えるほど強まると報告されたのです。
この研究をはじめとする複数の観察研究が、アセトアミノフェンと神経発達障害の間に統計的な関連性があることを指摘し続けました。
しかし、ここで示された「関連性」は、その研究デザインが持つ限界により、因果関係を証明するには不十分であると指摘されました。それが「まだ測定されていない交絡因子」という概念です。
交絡因子というのは、関係があるように見せかけてしまう厄介者です。
今回の場合で言えば、妊娠中にアセトアミノフェンを服用する女性は、元々発熱、痛み、炎症、あるいは精神的な不調など、何らかの健康上の問題を抱えている可能性が高いです。
これらの「薬を服用する理由」そのものが、胎児の神経発達に影響を与える真の原因である可能性があります。薬の「副作用」ではなく、薬を服用しなければならない「病状」そのものが、本当のリスクなんだと言えるのです。
発達障害には遺伝的要素があることもここでは重要です。アセトアミノフェンを頻繁に服用する母親は、頭痛や慢性的な疼痛、精神疾患といった、遺伝的背景を持つ可能性のある健康状態を抱えているかもしれないのです。
つまり、その原因が薬そのものにあるのか、それとも交絡因子による見せかけの関連性であるのかを区別できなかったのです。
その決定的なターニングポイントとなったのは、2024年に一流医学雑誌JAMAに発表されたスウェーデンの研究です(#2)
1995年から2019年に生まれた約250万人の小児を対象とした全国コホート研究です 。この膨大なデータセットから、両親が同じ完全な兄弟姉妹のペアが分析対象となりました。遺伝的背景や育った家庭環境がほぼ同じである兄弟姉妹を比較することで、多くの遺伝的・家族的交絡因子の影響を排除することができます。通常の解析では関連性があったのに、この兄弟姉妹ペア間での検討だとこの関連性が完全に消失したのです。
ほっと一安心したところに、また変な研究結果が出てこれに反応した一部の政治家が強い警告を出しました。
それは今までの研究をまとめて分析した研究手法で、46件の既存研究を検証した結果、既存の多くの研究でアセトアミノフェン曝露と神経発達障害の「関連性」がわずかに見られることを言って、因果関係は証明できないとしつつも慎重な使用を推奨しました(#3)
このメタアナリシスが発表された後、一部の政治家が、アセトアミノフェンが自閉症を引き起こすという強い警告を発し、公衆衛生上の混乱を引き起こしました 。米国保健福祉省(HHS)も、FDAを通じて、医師向けに、より慎重な使用を促す通知を発行するプロセスを開始しました。
これも似たような問題を抱えていて、結果を鵜呑みにしては行けません。現時点での科学的コンセンサスは、「妊娠中のアセトアミノフェン服用が子供の自閉症を引き起こすという因果関係は確立されていない」というものです。「交絡因子の解明」こそが、この言説が「科学的に否定されてきた」主要な根拠です。
妊婦さんは安心してアセトアミノフェンの解熱鎮痛剤を飲んでもらって大丈夫です。
自閉症は歴史上デマに晒され続けてきた
そして、普段自閉スペクトラム症(ASD)を診療している小児科医として一つ言わせていただくと、自閉症に関するデマはこれが初めてではありません!!
つまり歴史は繰り返されているのです。
それは、1943年に児童精神科医のレオ・カナーが「早期幼児自閉症」の最初の報告を提出したときに遡ります。カナーは、彼が観察した子供たちの親が「無感情で、機械的で、不在」であると記述し、それが病因であると説明しました。
それを広めたのは精神分析家のブルーノ・ベッテルハイムでした。ベッテルハイムは、子供たちが「冷たく、拒絶的で、冷蔵庫のような心を持った母親」(「冷蔵庫マザー」)に対して心を閉ざした「情緒障害」であると主張しました。
1950年代から1960年代にかけて広まり、子供の自閉症の原因は、母親の愛情の欠如であるというとんでもないレッテルを形成したのです。実際にこの説は、世の母親達に計り知れない苦痛を与えました。多くの母親は、自分の子供の自閉症の原因が自分にあると精神科医から感じさせられ、深い苦悩と憤りを感じたと報告しています。
このデマに立ち向かったのが、心理学者であり、自閉症の息子の父親でもあるバーナード・リムランドでした。彼は自閉症が神経発達上の障害であり、脳や中枢神経系の発達障害によって引き起こされるという生物学的根拠を説得力をもって主張しました。つまり、先ほどの「冷蔵庫マザー」説を真っ向から否定しました。彼は自閉症を抱える子供とその家族のために熱心に活動し、1965年には全米自閉症協会を、1967年には自閉症研究協会を設立したのです。
しかし、リムランド自身も晩年、道を誤ります。
自閉症の原因解明という個人的な使命に駆られた彼は、ワクチンや環境汚染物質といった、科学的に証明されていない環境的要因に固執するようになりました。
そして1998年に悪名高い英国医師アンドリュー・ウェイクフィールドの登場です。後に医師免許が剥奪された彼は、12人の子供を対象とした研究論文を医学雑誌『ランセット』に発表しました。
ウェイクフィールドは、MMR(麻疹、おたふく風邪、風疹)ワクチンが子供の腸に炎症を引き起こし、それが脳に有害なタンパク質を血流に乗せて自閉症を発症させるという仮説を示したのです。
しかし、のちに彼の研究は「データ選択、データ操作、そして2つの未申告の利益相反」を含む、意図的な不正であったことをジャーナリストにより暴露されました。つまり、捏造していたのです。

研究を捏造していたウェイクフィールド氏。2016年に反ワクチン映画「Vaxxed: From Cover-Up to Catastrophe 」の監督も務めた
こういった自閉症という、原因がはっきりせず、社会的に弱い立場にある対象は歴史的に常にデマの対象にされてきました。自閉症はずっとデマに晒されているんです。
このデマ情報を見た自閉症のお子さんを持つ親御さんが、「あの時私が鎮痛剤を飲んでしまったからだ」とご自身を責めるのは本当にあってはならない事です。
世界中の専門家達が声を挙げているのはこういう理由なのです。
アメリカ人はこの騒動をどう見てるのか
さて、ここまでがアセトアミノフェンと自閉症の現時点でのこと、そして自閉症のデマの歴史をお話ししました。
では、この米国政府の対応に現地のアメリカ人達はどう思っているのでしょうか?
実は娘が入っている米国のバスケットボールチームはパパ友が仲良くて、自分もそのパパ友グループに入れてもらっています。その中でも、ある米国人男性のパパ友とここ1年で親友と呼べるほど仲良くなりました。米国カリフォルニア出身の彼は白人で、若い頃はモデルもこなす超イケメンです。
甥っ子に私が似ているらしく(?)、アジア人ヘイトもなく、なぜか気が合い仲良くさせてもらってます。彼の家に2週間に1回は1人で遊びに行き、一緒にキャンプも行き、美味しいレストランも行き、カジノも連れてってもらいました。
留学1年目は慣れない環境に、研究もプライベートも結構大変で、彼の存在には本当に救われました。
彼は日本の文化が大好きで、特に「サムライ」に興味を持ち、日本に一時帰国の際には成田空港でサムライTシャツという超ありきたりなお土産を買って行ったら、涙を流すくらいに喜んでいました。彼は伊達政宗が好きなようで、それがTシャツに書かれていたと喜んでいました。
彼を始めとした米国人のテキストグループに入れてもらい、色々なことを話題にして話をしています。
けど、うっすら私は気づいていました。彼らは皆熱狂的なイーロンマスク支持者なのです。
「ってことはトランプ支持者なのだろうか‥」という一抹の不安を考えつつ、私はそのテキストグループに、このニュースリンクをつけて聞いてみました。
「What’s your take on this?」(このニュース、どう思う)
そうすると、彼らから返ってきた答えは意外なものでした。
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