データが覆す、乳児院への誤解
皆さん、こんにちは。
ついに6月になりましたね。皆さんはお変わりありませんでしょうか。
早速、台風が来て大変な状況でしたね。大きな被害がなくて安心しました。
日本は台風や地震が多いなと改めて思うようになりました。もちろん治安や医療への安心感は何にも変え難いものなので、とても住みやすいなと感じています。
さて今回もよろしくお願いします。
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先日、とある小児科ではない普段成人を診ている看護師さんと乳児院の話になって、こんなことを言われました。
「乳児院って、親の都合で預けられた元気な赤ちゃんが、里親さんに引き取られるまで待っている場所でしょう?」
非医療職の方ならわかるけど、医療職でもこの理解なのだなと改めて思いました。
私も大規模施設のNICUで仕事をしていた経験で、乳児院には大変お世話になりました。
時にどの乳児院ではこういう事ができて、こういう事はできないと施設ごとの特性までわかってくるようになりました。
テレビドラマやニュースで描かれる乳児院は、たしかにそんなイメージかもしれません。けれど、NICUで多くの赤ちゃんを診てきた小児科医として申し上げると、いまの乳児院で暮らす赤ちゃんの実態は、そういったイメージとはずいぶん違っています。
いま、日本の社会的養護は大きな転換点にあります。
国は「乳幼児は施設ではなく家庭(里親)で育てよう」という方針を掲げ、令和11年度(2029年度)までに乳幼児の里親等委託率を75%以上にする、という目標を立てました。
ところがこども家庭庁の最新データ(令和4年度末)を見ると、3歳未満の里親等委託率は26.2%、就学前の乳幼児全体でもおよそ30%にとどまっています(#1)。
目標の75%との差は、2倍以上。このギャップの前で、いまもおよそ2,300人の赤ちゃんが全国の乳児院で暮らしています。
この記事では、「乳児院に預けられるのはどんな赤ちゃんなのか」という問いから出発して、ちまたで語られがちな「施設にいると発達が遅れる」という話を科学的に検証し、そのうえで乳児院がいま「多機能化」という形で大きく姿を変えつつある理由を、できるだけわかりやすくお話ししたいと思います。
少し専門的な話も出てきますが、最後まで読んでいただければ、ニュースの見え方が少し変わるはずです。
乳児院に預けられるのは、どんな赤ちゃんなのか
入所理由の主役は、虐待に変わった
乳児院は、戦災孤児や栄養状態の悪い赤ちゃんを保護するための施設として始まりました。
日本で最初の乳児院は恩賜財団済生会赤羽乳児院。現在の 東京都済生会中央病院附属乳児院 に当たります。
開院は 1924(大正13)年1月26日。施設公式沿革は、北里柴三郎が関東大震災後に始めた「恩賜財団済生会臨時赤羽乳児院」が、同日に「恩賜財団済生会赤羽乳児院」として「わが国初の乳児院」として開院した、と記しています。

日本で初めての乳児院として芝病院の隣に開院し、芝病院小児科も移設。初代院長は小児科の権威でもある福豊環博士
1980年代までは、入所してくる理由の多くは、親の病気や経済的事情でした。お母さんが入院した、家計が立ちゆかなくなった、、そうした、いわば一時的で回復可能な事情で、赤ちゃんとその家族を支える場所だったのです。
ところが、すべての乳児院が加盟する全国乳児福祉協議会によれば、1990年代後半に、入所理由の第一位が「親の健康状態」から「虐待」へと入れ替わりました。そしてその割合は増え続け、2021年度には入所理由の5割近くを虐待が占めるようになっています(#2)。
つまり、いまや乳児院に来る赤ちゃんのおよそ2人に1人は、生まれて間もない時期に、本来もっとも守られるべき家庭の中で、傷つけられた経験を背負って来ているということです。
ここで大切なのは、虐待というと激しい暴力を思い浮かべがちですが、乳児においては「ネグレクト(育児放棄)」が大きな比重を占めるという点です。
ミルクを十分に与えられない、泣いても応えてもらえない、清潔が保たれない。こうした不適切養育は、外傷のように目には見えませんが、後でお話しするように、赤ちゃんの育ちに静かに、そして確実に影を落とすのです。
NICUを出た子、病気や障害をもつ子が、半数近くを占める
もう一つ、現場で起きている大きな変化があります。
それは、病気や障害をもつ赤ちゃんの割合が、年々増えていることです。
1980年代には入所児のうち「病虚弱児・障害児」は1割に満たなかったのに、2018年度には51.6%、つまり半数を超えるまでになりました(#2)。私が日々向き合っているNICUの世界と、乳児院の世界は、いまや地続きであり、私が乳児院にお世話になった理由もここにあります。
なぜでしょうか。
一つには、周産期医療の進歩があります。
かつてなら救えなかった、ごく小さく生まれた赤ちゃんや、重い病気をもって生まれた赤ちゃんが、医学の力で生きられるようになりました。これは間違いなく喜ばしい進歩です。
けれど同時に、退院後にたんの吸引や経管栄養など医療的ケアを必要とする赤ちゃんも増えています。その子を、さまざまな事情で家庭が受けとめきれないとき、乳児院がその受け皿になります。
もう一つは、発達障害や自閉傾向など、いわゆる育てにくさを抱かれやすい子どもの預け入れが15〜20年ほど前から増えていることです。
小児科専門医でもある大阪乳児院の元院長は、こうした子どもの行動を親が「理解できない」「対応できない」、そこに家庭の余裕のなさが重なって虐待に発展し、保護につながるケースが少なくない、と語っています。
病気や障害が虐待の引き金になり、その結果また乳児院に来る。この二つの変化は、別々の話ではなく、深く絡み合っているのです。
なぜ家に帰ることが、難しくなっているのか
入所理由が変わると、出口も変わります。
乳児院を退所する理由の推移を見ると、1990年代まで6割を超えていた「親元・親族への引き取り」、つまり家庭復帰の割合が、2000年代に5割台へ下がり、2021年度には38.1%まで低下しました(#2)。
乳児院に来た赤ちゃんのうち、家に帰れる子は、いまや3人に1人程度なのです。
理由は、第1章でお話ししてきた変化の延長線上にあります。
入所理由が親の病気であれば、親が回復すれば家に帰れます。
けれど、虐待が理由であったり、子ども自身に病気や発達特性があって育てにくさが背景にある場合、家庭の状況が整うまでに長い時間がかかったり、そもそも家庭復帰が難しかったりします。
あるベテラン院長の言葉を借りれば、親の病気なら状況が改善すれば帰れる。けれど虐待や子の病気、発達特性による育てにくさが原因の場合は、家庭復帰が難しかったり時間がかかったりするケースが少なくないのです(#2)
つまり、乳児院にいるのはちょっと事情があるだけの健康な赤ちゃんというイメージは、現在の実態とは大きくずれています。
むしろそこには、医療的なケアや、発達上の見守り、心のケアを必要とする赤ちゃんが、専門職の手厚い支援を受けながら暮らしているのが現実なのです。
「施設にいると発達が遅れる」説は本当?
愛着とは、特定の大人とつくる心の安全基地
ここから少し、心の発達の話をさせてください。
皆さんは「愛着」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
これは、イギリスの精神科医ボウルビィが20世紀半ばに体系化した考え方で、赤ちゃんが「自分を守ってくれる特定の大人」との間に結ぶ、心の絆のことを指します。
わかりやすく言えば、愛着とは赤ちゃんにとっての心の安全基地です。
お腹がすいた、こわい、さみしい。
そんなとき、決まった大人が来て抱きあげ、あやしてくれる。
この呼べば応えてくれるという経験が何千回もくり返されることで、赤ちゃんは「世界は信じていい場所だ」「自分は守られる存在だ」という感覚を、人生の土台として獲得していきます。
安全基地があるからこそ、子どもは安心して外の世界を冒険できる。愛着とは、そういう基地のようなものです。
ここで重要なのは、特定のという点です。たくさんの大人がかわるがわる世話をするのではなく、いつも同じ人が応えてくれること。これが安全基地の建材になります。
だからこそ、社会的養護の世界では「誰が育てるか」だけでなく「誰かが一貫して育てているか」が決定的に大切になるのです。
ルーマニアの研究が示したもの、示さなかったもの
では「施設で育つと発達が遅れる」という話は、どこから来たのでしょうか。
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