ビタミンKシロップは危険?新生児医療現場で起きていること
2月2本目ですね。
ビタミンKシロップは危険だとする話がSNSで話題になっていました。新生児学会界隈でこの問題に対してどう扱われているか?
今回は公益性を考慮して無料記事としています。少し長いですが、最後までお読みください。
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事の発端
SNSでこのような投稿が出回り物議を醸しています。ワクチン反対市民の会という団体が「赤ちゃんに本当に必要でしょうか?」というタイトルをつけて、全世界の赤ちゃんが出生後に飲むビタミンKのシロップ(K2シロップ)がまるで危険かのような投稿をしています。
自分としては、またこの話題かと思うくらい何度も出ている問題ですが、これを自分の政治的主張に利用する人間もいますし、残念ながら医療者の中でも赤ちゃんへのビタミンK投与に激しく反対する人間もいるのは事実です。
新生児専門医としては、ここで一度しっかりと安全性に関する検証を行いたいと思います。
ビタミンKの歴史
ビタミンKの効果に関しては小児科だけでなく様々な診療科の先生方がSNSでお話して頂いているので、あえてここでは詳しく述べません。簡単にお伝えします。
超簡単に言うと、ビタミンKは赤ちゃんの出血を防いでくれるビタミンです。少し詳しく言うとビタミン K は、血液凝固を助ける特定の分子 (凝固因子とも呼ばれる) を活性化するために体内に必要です。血液凝固因子は出生時に正常な数存在しますが、ビタミン K が十分でない場合、これらを活性化する事ができません。したがって、ビタミン K が欠乏すると、血液を固める能力が低下します。
赤ちゃんがなぜ容易にビタミンK不足に陥るかというと、3つの理由があります。1つはそもそも胎盤を通じてお腹の赤ちゃんに移行するビタミンKの量が非常にわずかであることです。2つ目は赤ちゃんは体内でビタミンKを作れないことにあります。生後早期は肝臓のプロトロンビン合成能が未熟で、さらに腸で作られるビタミンK2産生が期待できないのです。3つ目は皆さんご存知、母乳栄養ではそこに含まれるビタミンKが少ないためです。
このビタミンKが不足すると赤ちゃんは全身から出血を起こしやすい状態となり、脳、消化器系、臍帯部位、皮膚、鼻、包皮切除部位から出血を起こすのです。あとはアジアに多い胆道閉鎖症という病気がある場合はビタミンKの吸収障害によってビタミンK欠乏症を発症しやすくなって`しまうため、早期発見・早期介入が欠かせないのです。
ではビタミンKはどのような歴史を歩んでいるのでしょうか?
1894 年、米国ボストンの医師タウンゼント博士は新生児の出血の症例を 50 件報告しました。彼はこれらの症例を「新生児出血性疾患 (HDN)」と名付けました。タウンゼント博士は、母乳の不十分なまたは不十分な摂取と新生児の出血との間に関連があることを初めて突き止めた人物です(#1)
1944 年、生後 1 日目に 0.5 mg のビタミン K (経口または注射) を与えられた 13,000 人以上の乳児を対象とした決定的なスウェーデンの研究が発表され、ビタミン K を投与された乳児は生後 1 週間に出血死するリスクが 5 分の 1 に減少したことを発見しました。ビタミン K は、満期出産乳児 100,000 人につき、年間 160 人の乳児の命を救うと推定されたのです(#2)
1961 年、約 20 年にわたる研究結果が発表された後、米国小児科学会は出産後にビタミン K投与を行うことを推奨しました。この方法は、それ以来標準的な治療法となっています(#3)
1999 年までに、新生児出血性疾患(HDN)という名前はビタミン K 欠乏性出血 (VKDB) に変更され、この症状がビタミン K 欠乏のみによって引き起こされることを示すようになりました(#4)
日本国内でも新生児へのビタミンKシロップ投与が導入されている事は皆さんご存知の通りです。最近の注目すべき国内の動きとしては、2021年の日本小児科学会をはじめとする16個の関連学会が発表した提言でしょう(ここには日本助産師会や日本助産師学会も含まれています)(#5)
それまで出生後、生後1週、1ヶ月健診時に飲ませる3回法が主流でしたが、出生後、生後1週または産科退院時のいずれか早い時期、その後は生後3か月まで週1回という13回法を進める提言を出したのです。このどちらがいいかに関する議論はこれだけで1記事できそうなので今回は割愛します。
このように約130年の長い歴史がありビタミンKは多くの赤ちゃんの命を守ってくれています。
今も現場で経験するビタミンK不足の出血
ビタミンK投与は広く浸透されつつありますが、この令和になった2020年代にもビタミンK不足の出血は起きています。総合周産期センターの新生児集中治療室(NICU)で働いていると、これらの症例に未だに出くわす事があります。それには2パターンあります。
一つはいわゆる生後1週以降から6ヶ月に起きると言われる後期VKBDのパターンです。ビタミン K 欠乏性出血(VKBD)は生後24時間以内に起きる早期VKBD、生後2〜7日で起きる古典的VKBD、そして1週後に起きる後期VKBDの3つに分かれます。早期と古典的はビタミンK投与で顕著に減少しましたが、後期VKBDはまだ抑えれていません。
特に妊娠22週や23週で生まれた赤ちゃんは生後12週間投与される13回法でビタミンKを投与してもまだ修正34週や35週で突然出血するパターンがあります。この時期に吐血した、脳出血を起こし血液検査をしてPIVKA-2を測定すると数値が異常に高くなっている事は経験されます。この時期は早産の合併症も落ち着いた時期もあるので、親御さんや医療者にとってかなり衝撃的な経過になります。
もう一つはビタミンK非投与による出血のパターンです。助産院でビタミンK投与を勧められなかった、家族が頑なにビタミンK投与を断ったなどです。断る家族は多くの場合が仲の良い友人からやめておいた方がいいと言われたケースです。本当かはわかりませんがその友人が医療職だったりするので我々としては二重の驚きなのですが、数は減ったとはいえまだまだ赤ちゃんのビタミンK不足による出血は深刻な問題と言えます。
よくこの手の話をすると2009年の山口県の助産師によるビタミンK非投与による赤ちゃん死亡事件がSNSに上がりますが、これだけではありません。世界中で起きています。
2013年に米国テネシー州のヴァンダービルト小児病院に、命に関わる出血を呈した乳児 7 名が入院しました。ビタミン K 欠乏性出血 (VKDB) と診断され、4 名は脳出血、2 名は腸出血でした。全員生き延びましたが、2 名は命を救うために緊急脳手術が必要となり、1 名は重度の脳損傷 (右半身麻痺と重度の認知遅延) を負い、2 名は軽度から中等度の脳損傷を負いました(#6)。これらの子供の両親全員が出生時にビタミンK投与を拒否していた事が後にわかっています。
これらの知識や経験があれば周産期医療に関わる医療者は赤ちゃんへのビタミンK投与を強く推奨する必要があります。
しかし、医療職の中でも認識にムラがある事が示されています。ニュージランドの調査では、医師の100%が赤ちゃんへのビタミンK投与が重要と考えているのに対し、助産師ではそう考えている割合はわずか71%にとどまっていました。日本での調査ではありませんので一般化は難しいですが、注意しておく必要はあるのでしょう(#7)
ビタミンKは危険?
ではビタミンKは本当に危険なのでしょうか?
ここに興味深い研究があります。2017年にビタミンKを拒否する親に関する初の大規模調査が米国で発表されました。34 州の 92 の新生児室の新生児臨床医を含む Better Outcomes through Research for Newborns (BORN) ネットワークを通じて実施されました。この研究で指摘された拒否理由で最も多かったものは3つでした(#8)
ビタミン K は不要であるという認識、VKDB 予防におけるビタミン K の役割に関する知識の欠如、そして防腐剤に関する懸念でした。