左利きは矯正すべきか、よくある誤解
皆さん、こんにちは。6月3本目となりました。
米国では2ヶ月半という長い長い夏休みに突入しました。これから様々なイベントがありますが、順調にこなせていけたらなと思います。
さて、今回は米国でのあるスポーツをきっかけに今議論になっている「子どもの左利きは矯正すべきか」について検証します。
話題になった米国バスケNBA決勝
今回は少し毛色が異なる話から始めます。
皆さん、世界最高峰のリーグと謳われる、米国プロバスケットボールNBAをご存知でしょうか?
昨日その決勝戦、サンアントニオ・スパーズとニューヨーク・ニックスによるNBAファイナル第5戦がフロストバンク・センター(テキサス)で行なわれ、アウェーのニックスが勝利。しシリーズ成績4勝1敗で、1973年以来、実に53年ぶり(!)のチャンピオンに輝きました。
そんなニューヨークはお祭り騒ぎ!53年ぶりの歓喜に、ニューヨークの一部ファンが、バスやパトカーを破壊するなど暴徒化しました。中には17歳少年が足を撃たれる発砲事件もあり、早く沈静化されてほしいものです。

さて、近年NBAではチーム作りが難しいとされる中、わざとタンク(翌年のドラフト指名権の順位を上げるためにわざと負けること)し、2−3年のドラフト上位選手をかき集めて優勝を目指すスタイルが非難の的になっています。
しかし優勝したニックスは自らドラフトした選手はおらず、全て別チームから選手を巧みに集めて、しかもスター選手ではなく泥臭い役割をそれぞれ担える選手を集めて優勝し最大級の賛辞を浴びています。
そんな中、今回MVPを獲得したニューヨーク・ニックスのエースであるジェイソン・ブランソン(写真)はとても話題となっています。

なぜ、話題になっているかというと、ブランソンの選手としてのキャリアは決して輝かしいものではなかったからです。
平均身長2mを超えるNBA選手の中で小柄な方の188cmのブランソンはサウスポーから繰り出すスピードのあるプレイを武器にビラノバ大学で全米優勝するも、NBAドラフトでは2巡目33位という、多くの選手が1年以内で消えるとされる順位の低さで指名されました。
最初に所属したダラス・マーベリックスでは、エースのルカ・ドンチッチ(現LAレイカーズ)の影に隠れて先発になれず、2022年出場機会を求めて父親のリックがアシスタントコーチを務めるニューヨークニックスと大型契約を結び、移籍します。
「188cmの小柄な選手に何ができる?ニックスは選択を誤ったのでは」と当時、一部NBAアナリスト達にボロクソに言われていたのをよく覚えています。
実に彼は自分の力で、運命を切り開いていったのです。

ニューヨークニックスのジェイレン・ブランソン選手
そんな中、ある議論が話題になっています。
米国で子どもは左利きを矯正される?
米国の子ども達にとって、スポーツは本当に盛んで、中には彼らが生きる道だとする声もあります。そして、恐ろしく課金ゲームです。
そんな中、米国の子ども達のスポーツに右利きがと左利きのどちらが有利かの議論を耳にします。
実際に米国の古い学校文化としては、左利きを右手に直そうとする圧力は歴史的に存在したのは事実です。
ただし、それは主に筆記・礼法・学校規律の文脈であり、現代の米国バスケットボール育成で左利きの子を右利きに変えることが標準とは言いにくい事にあります。米国誌TIMEも、左利きが問題視されにくくなり、むしろ祝われる対象になってきた流れを説明していますし、教師が左利きを右利きに直そうとした慣行が近年弱まっている事も記事にしています。
もちろん近代の米国における少年少女のバスケットボールでは、発想が異なります。
米国バスケットボール協会の Youth Development Guidebook でも、右利き選手の左手レイアップを「無駄」と否定するのではなく、適切な練習で左手も伸ばせると評価・動機づける例を挙げているのです。さらに、弱い側のレイアップ練習で、弱い手を使うことを促し、両手を使える能力は選手の発達に重要としています。
つまり、矯正ではなく両手化・弱手強化が基本思想としています。
最近のバスケットボールにおいては、左利きそのものも不利としては扱われません。むしろ少数派であるため、守備側が慣れていない角度、ドライブ方向、フィニッシュ、パス角度を作れるとされています。
非常に興味深い研究結果もあります。
プロバスケットボール3,647人を1946〜2009年で調べた研究では、左利き選手は全体の5.1%と一般人口の推定11%より少なかった一方、平均成績やキャリアの長さでは右利き選手を上回ったと報告されています。これは左利きなら必ず有利という意味ではありませんが、少なくともトップレベルで左利きが矯正対象ではなく、選抜・競争の中で十分に武器化されうることを示しています。
利き手は、その子の見た目や名前と同じように、毎日目に入る身近な特徴です。
だからこそ周りの大人の価値観が入り込みやすく、「直す・直さない」が家族の中でもちょっとした議論にもなります。
そこで今回は、利き手がそもそもどうやって決まるのか、なぜ矯正すべきという考えがこれほど根強く残ってきたのか、そして実際に手を変えさせると子どもに何が起きるのかを、研究をベースに解説します。
利き手は育て方ではなく、生まれつき
おなかの中で、もう利き手は始まっている
まず知っておいてほしいのは、利き手は生まれてからのしつけや練習で初めて決まるものではない、ということです。その手がかりは、なんと妊娠中のおなかの中にあります。
イギリスの研究チームは、超音波で胎児の指しゃぶりを観察し、その後この子たちが10〜12歳になったときの利き手を確かめました#3。すると、おなかの中で右手の親指を吸っていた60人は、全員が右利きの子に育っていました。左手の親指を吸っていた子からは右利きも左利きも生まれましたが、いずれにしても、胎児期の手の使い方と育ってからの利き手が、これだけの年月をへだててもつながっていたのです。まだ言葉も歩くこともできない、誰のしつけも受けていない段階で、利き手の傾向はもう芽を出していたことになります。
さらに新しい研究では、妊娠18週ごろの胎児の腕の動きを細かく解析するだけで、その子が右利きになるか左利きになるかを高い精度で言い当てられることが報告されています#4。たとえば顔や口といった、ねらいの精度が必要な場所に手を伸ばすとき、胎児はすでに利き手を器用に動かしていたのです。生まれるよりずっと前、まだ誰も手を取って教えていない段階で、利き手は決まっているのです。だとすれば、生まれてからの数年で大人が手を変えにいくのは、すでに固まりかけたものをあえて矯正するものだと言えます。
もちろん、生まれたばかりの赤ちゃんの利き手が、最初からはっきりしているわけではありません。乳児のうちは右手と左手を気分で交互に使い、どちらが利き手か見えにくい時期が続きます。それが、おすわりや手づかみ食べ、お絵かきといった日々の動作を積み重ねるうちに、いつも頼るほうの手が少しずつ定まっていきます。多くの子で利き手がはっきりしてくるのは幼児期で、就学のころには安定してくることが多いものです。つまり、もともと持っていた傾向が、成長とともに表に出てくるイメージです。大人から見て最近どうも左を使うようになってきたと感じるのは、新しいクセがついたのではなく、もともとの傾向が見えるようになってきたという事なのです。
利き手は遺伝の影響を受ける。ただし、、
では利き手は何で決まるのでしょうか。よく聞かれるのが「遺伝でしょう?」という質問です。
答えは「半分正解」です。
これまでで最大級の研究では、約177万人もの人の遺伝情報が調べられ、左利きと関係する遺伝子の場所が数十か所見つかりました#2。
ポイントは、たった一つの左利き遺伝子があるのではなく、ごく小さな影響を持つたくさんの遺伝子が少しずつ足し合わさって、利き手の傾向をつくっているということです。
この研究では、利き手のばらつきのうち遺伝で説明できる部分はそれほど大きくなく、双子を使った別の推定でもおよそ四分の一程度とされています。つまり遺伝は確かに効いているけれど、残りの多くは胎内環境のちょっとした偶然など、遺伝以外の要因が関わっていると考えられます。
そのため「両親とも右利きなのに、なぜうちの子は左利きなの」ということが普通に起こりますし、左利きの親から右利きの子も当たり前に生まれます。それは育て方の失敗でも、ましてや子どものクセでもなく、生まれる前に決まりかけていた自然な配分にすぎません。ここを誤解しないことが、子どもや親自身をを責めない第一歩になります。
ちなみに、左利きに関わる遺伝子は、男女どちらかの親から特別に受け継がれるようなものではなく、性別とは関係のない通常の染色体に散らばっています。そのため「母親(あるいは父親)に似たから左利きになった」と、どちらかの親のせいにする根拠にもなりません。利き手は、両親から受け取ったたくさんの小さな要素と、生まれる前の偶然とが重なってできあがる、その子だけの組み合わせです。同じ両親から生まれたきょうだいでも利き手が違うのは、まさにこの組み合わせの妙によるもので、誰のせいでもありません。
だからこそ、世界中でおよそ10人に1人が左利きでいる
利き手が生まれつきに近い形で決まるなら、その割合は世界でどのくらいなのでしょうか。数百件もの研究をまとめた大規模な分析によると、左利きの割合はおよそ10.6%、つまり10人に1人ほどとされています#1。
おもしろいのは、この1割が時代や地域が大きく違ってもおおむね保たれていることです。人類は道具を使い始めたはるか昔から多くが右利きでしたが、その中で一定の割合の左利きが常に存在し続けてきました。もし左利きが本当に不利なだけの性質なら、長い進化の中で淘汰されて消えていてもおかしくありません。それでも一貫して1割前後が残り続けてきたという事実は、左利きが異常でも失敗作でもなく、人間という種に元々合った自然なばらつきの一つであることを示しています。クラス40人なら3〜4人は左利きがいる計算で、決して珍しすぎる存在ではないのです。
ではなぜ、消えずに少数派として残り続けてきたのでしょうか。一つの有力な考え方として、左利きは少数派であること自体が強みになりうる、という説があります#10。
たとえば格闘技やスポーツのように、相手と向き合う場面を想像してみてください。世の中の大半は右利きなので、誰もが右利き相手の戦い方には慣れています。そこへ少数の左利きが現れると、相手は勝手が違って戸惑いやすい。
つまり珍しいからこそ有利という場面があり、左利きが少なくなりすぎるとその有利さが効いて、また一定数まで盛り返す。こうしたバランスの中、左利きはほどよい少数派として保たれてきたのではないかと考えられているのです。あくまで一つの仮説ですが、左利きが直すべき欠陥どころか、むしろ多様性として人類に役立ってきた可能性を示す、興味深い見方です。
「左利きは矯正すべき」は、どこから来た?
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