子どもの医療現場で我々が守る「尊厳」の最前線

今回は小児科の医学教育で気をつけていることについてお話します。
今西洋介 2025.06.04
読者限定

皆様こんにちは。

6月になりました。今月もマイペースに配信していこうと思います。

今回はSNSでも話題となった、医学教育現場での配慮についてです。

ふらいと先生のニュースレターは、子育て中の方が必要な「エビデンスに基づく子どもを守るための知識」を、小児科医のふらいとがわかりやすくお届けしています。

過去記事や毎月すべての「エビデンスに基づいた子どもを守るための知識」を受け取るには有料コースをご検討ください。今回の記事も登録いただければ最後まで読めます。

事の発端

おそらく多くの方が既に知っている事だと思いますが、ある女性研究者がSNSに次のような投稿を行いました。

週刊誌の記事によれば、内容は以下のようなものです。

「学生の時産婦人科で実習させて頂きましたが、羞恥心に配慮するのは当然だと思っていた。しかし婦人科の手術に立ち会った時の医師の無配慮さは未だに忘れられない 医学生や研修医に「今なら寝ててわからないから触ってみなさい」と促し、全身麻酔下の女性の陰部に次から次へと手を突っ込ませていた」

その後、

「事実確認の問い合わせ含め、病院やその場にいた医療者を特定しようすることはどうかお控え下さい。当時行われたことは医療行為の一環であり、違法行為ではありません。当時病院側に報告していないため、病院側は知る由もありません。しかし悪意なくとも配慮のない行動であったことは事実かと思います」

と投稿され、当該ポストはすでに削除されました。

すでに週刊誌がこれを記事化し、yahooニュースにも掲載されていました。

ネットではこの告発に帯同する意見も散見され、既に署名サイトも立ち上がっています。

正直、自分は年間の分娩件数が2000件の病院である総合周産期医療センターで15年間働いてきて、新生児科医として、相当数の帝王切開に立ち会ってきました。

もちろん教育機関でもあるので、医学生や看護学生、助産学生、海外からの医療スタッフも多数見学していましたし、彼らに医学教育を提供する立場でもありました。

しかし、私はこういった場面は一度も見たことがありません。

もちろん私から見て、この話の真偽はわかりません。

この話が本当にあった性被害の告発なら闘ってほしいとは思いますが、繰り返しますが真偽はわかりません。この件に関して私が言えるのはそれだけです。

ただこの投稿を見て不安を覚えられた方々も多いと思います。仮に真実だったとしても、もちろんですが、全ての医療現場においてこのような事が行われているわけではありません。

折角ですので、この機会に我々医療者が小児医療現場で患者さんである子ども達にどのような配慮をしているかを紹介できたらと思います。

小児医療の臨床教育

ご紹介した話は産婦人科医療現場の話でしたが、小児医療現場でも臨床教育は行われています。

私が今まで行ってきた学生さんへの臨床教育はさまざまです。

まずは新生児医療に関するレクチャー、そして患者さんを目の前にしての臨床現場実習です。臨床現場実習では主にバイタルサインの見方や人工呼吸器の使い方、一酸化窒素などの医療機器に関する基本的な説明も行います。

もちろん帝王切開帝王切開で生まれた赤ちゃんの蘇生を実際に見てもらったりもします。

中でもやはり新生児医療で1番反響があるのが、親御さんと新生児科医による緊迫した病状説明の場面でしょう。

日付を超えると、つまり0時を超えると蘇生対象の週数に入る切迫早産のお母さんとお父さんへの病状説明。

妊娠中のお腹の中の診断で赤ちゃんに深刻な病気が見つかった時の病状説明。

生まれた後から病状がシビアで、これ以上治療を継続するかどうかの話し合い。

我々医療者はいずれの場合も一人の小さな命を救うべく、そしてたとえ救えなくても家族での最上の形を選択できるように最大限のサポートをします

過去のデータに基づきながら一緒に治療方針を決定していく場面ですが、当然一語一句丁寧に言葉を選びながら進めていきます。

まさに「命の現場最前線」といった所ですが、当然ながら事前に親御さん達に了承を得てから学生さんを同席させます。拒否されれば、残念ながら同席は叶いません。

多くの場合涙することになる病状説明ですから見られたくないのも当然ですし、何より親御さんの希望が最優先です。そこに医療者の希望が優先させる事はまずあり得ません。

しかし、やはりこういうシビアな命の現場最前線を学生のうちに見る事は有意義であり、実際に感銘を受ける学生さんは多いです

もちろん「これは自分にできない」と感じる学生さんもいるでしょうし、そこはどう受け取って、どう考えるかは個人の自由です。

このように小児医療現場のシビアな場面でも最大限に親御さんたちへの配慮は行っているのが現状です。

患者の尊厳を守る制度と倫理指針

日本では、医学生の臨床実習、いわゆるクリニカルクラークシップに関する明確な指針が設けられています。

まず文部科学省・厚生労働省による臨床実習ガイドラインでは、患者や家族に実習の趣旨を事前に説明し、学生を「学生」として紹介した上で、学生が診療行為を行うことについて同意を得るよう定められています(#1)

例えば、「この患者さんは研修の一環で学生が見学します」と明確に伝え、了承を得るということです。

この指針には、同意の取り方も各病院の実習指針に記載すべきとされていますが、その実態は分かりません。実習に協力してもらう際には、患者さんの厚意に支えられていることを忘れず、感謝の気持ちで接するよう学生に教えているというのが実際です。

つまり、「臨床実習は患者さんのご厚意の上に成り立っている」のであり、患者のプライバシーへの配慮や不用意な発言の禁止など、基本的な倫理も強調されています。

一方、米国でも小児医療における教育の倫理指針は厳格です。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、5152文字あります。
  • 小児医療では誰に同意を取るか
  • 子ども自身の身体的・心理的負担への配慮
  • ふらいと先生はこう思う
  • 参考文献

すでに登録された方はこちら

提携媒体・コラボ実績

読者限定
子どもの「食事・偏食」の悩みについて。小児科医が教える食育のポイントを...
サポートメンバー限定
こどもの悪意なきウソを親はどう対応すべき?
サポートメンバー限定
子どもの1人遊びに親は介入すべき?
読者限定
米国の夏休みサマーキャンプの裏側に隠れた諸問題
サポートメンバー限定
はしかの予防接種は1歳を待たずに早めに打った方がいい?
サポートメンバー限定
ケンカするほど仲がいい?兄弟姉妹が別々に暮らすということ
サポートメンバー限定
祖母は子どもの不幸を和らげる?家族の不仲を受け止める年齢は?
誰でも
山田太郎・参議院議員に聞く、こども政策のこれから